「野獣死すべし」


昨日は自宅で先輩と鍋をしちょりました。

四年生の先輩五人と僕、という六人で鍋をしていたのですけれども、以前ほとんど同じような面

子で鍋をした時に途方もない事件が起きた。

 

ビールから初まり、焼酎、日本酒、果てはジン、と大量に酒を摂取し続けた結果、2時間ほどで

ものの見事に記憶がサヨナラしてしまい、気付いたら朝という最悪のシナリオ。自宅であったのが

唯一の救い。

 

記憶が無いので自分が何をしたのか、飲み会はどんな様子だったのか、そして何故僕はこうして

ベッドで寝ているのか、と様々な疑問が浮かんでは消え浮かんでは消えするのですが、激しい二

日酔いに襲われた僕はとりあえずアルコールが消え去るまで休んでいました。

 

で、昼過ぎくらいになんとか起き出し、リビングに向かい状況を整理することに。

 

状況証拠から、解きほぐさなければならない様々な疑問を頭の中に列挙しました。

 

・キッチンにうず高く積まれた洗い物の山

・洗面所に於いて止まらない水漏れ

・アニキからの『昨日シャワー貸してくれてありがと』とのメール

・少しだけゲロの残ったトイレ

・妙な胸騒ぎ

 

まず一番最初の疑問、「キッチンに残った洗い物」ですが、これはおそらく昨日の飲み会の残骸

でしょう。客人たる先輩達は、帰る際に優しさとして洗い物をキッチンに放り込んでくれたのでしょ

う。なんかキッチンが夢の島のように腐臭を放ってました。

 

二番目。顔でも洗おうと思って洗面所に赴いたら、何か足にヒヤッとした感覚がある訳ですよ。

「刺客か!」と思って見てみると、どこからか水が漏れてるんですよね。おかしい、昨日まではこん

な状態ではなかったはず。この辺は幾ら推察しても答えは出ないようなので、後で先輩に直接

確認してみましょう。

 

三番目。起きて携帯をチェックすると、兄から『昨日はシャワー貸してくれてありがと』という謎のメ

ッセージが残されていました。これが花盛りの若いレディーからのメールならこれから始まるスペク

タクルにココロオドルな感じで、いやしかしシャワーだけで終わったのか否そんなはずはない、僕の

荒れ狂うパッションと息子がそんなことを許すはずがない、でも覚えてない、だとしたら何て勿体な

いことを…バカバカ俺のバカ!ってことになるんですが、アニキだからなぁ。いやいや、アニキって本

当の兄弟のアニキですよ。「アニキィー!」「サブ!」ってそっちのアニキじゃないですよ。薔薇的な

関係のアニキじゃないですよ。そんなのいませんよ。僕はホモじゃないんですから。

 

で、まあ今は同居しているアニキですけど、この時はまだ別々に暮らしていたんですよね。ただ、

僕はまあ紆余曲折あって一人で2DKの家に住んでたのですよ。だから当然1Kのアニキの家よ

りお風呂が立派で広い。そういう訳でアニキの家の帰り道にある僕の家に度々立ち寄っては風

呂を浴びて帰るという感じだったんです。当時は。

 

おそらくその時もそういう感じだったのだと思うのですが、いやアニキが来たなんてビタイチ覚えてな

いんですよ。メールの感じからしてたぶん何らかのやりとりがあったはずですし、携帯を見てもその

夜にアニキからの着信もあるわけなんですよ。つまり完全に前後不覚の状態の時にアニキがやっ

て来ている訳で、こういうのって何か怖いじゃないですか。自分が相手に何を喋ったかも分からな

いし、アニキもどういう風な行動を取ったかも分からない。もしかしたら年の離れた弟に悪戯(イタ

ズラ)をはたらいたかもしれないじゃないですか。そう考えるとこのアヌスのヒリヒリ感も合点がいくで

はありませんか。いや別にヒリヒリしてなかったですけど。

 

とりあえずメールへの返答も兼ねてアニキに電話を掛けてみたところ、どうやら電話で会話をして

僕の承諾を得てから家に来たらしいのですが、着いた時には僕はベッドにぶっ倒れてイビキをかい

てたらしいです。とりあえず酔っ払って訳の分からんカラミをしてなかったみたいなので一安心なの

ですが、アニキがトイレに入ってみると一面に広がるゲロの花園がウェルカムしてたらしいのです

よ。おそらく製造責任者が僕であるところのゲロが。

 

それで四番目の疑問も解けます。なんとアニキは甲斐甲斐しくも、この不出来な弟がモリモリと

排出したゲロ的なマテリアルを、仕事終わりで疲れているであろう体であるにも関わらず、阿弥

陀が如来したかの如き優しさで掃除してくれたらしいのですよ。これにはさすがの僕も泣いた、

徳光さんくらい泣いた。涙の海で抱かれたいくらい泣いきましたよ。いやはや申し訳なさ

でいっぱいですよ。

 

謎が解けるにつれ己への嫌悪感が高まってくるんですが、ここで目を背ける訳にはいかない。な

ぜなら全て自分が為した厳然たる事実なのだから。逃げ出すことは簡単だ。だけど、僕らは過去

を背負い、未来を見つめ、今という時を歩まなければならない、それが人として生まれた時に与

えられた責務なのだから。しかしこの得も言われぬ胸騒ぎは何なのか。

 

胸に手を当ててみて考えてみても、本当に何も分からなかったのでとりあえず先輩にメールをして

みる。

 

 

差出人 ○×

件名 なし

本文 昨日はお疲れ様でした!あれから普通に帰ったんですか?

 

 

『あれから』っていつからやねん、と自分に突っ込みながら、しかし「記憶を無くしていた」という弱

みをヒトに見せたくないがため、あえてダイレクトに「何があったのか?」とは聞かない。敏腕刑事

ばりの誘導尋問。イエス、小物です。

 

 

と、返信が来た。

 

 

 

差出人 ××

件名 Re:

本文 いやー昨日は楽しかったねー。ところで洗面台は大丈夫だった?

 

 

な、何だってー!何でそこで洗面台の話が出てくる!やはりあの止めどない水漏れは昨日のイ

ベントと何らかの因果関係を有しているというのかー!

 

メール不精である僕は、神をも恐れぬ勢いでその先輩にダイヤルオン。現場で何が起きたという

のか。

 

僕 「あ、もしもし。昨日はどうも」

「おお、お疲れ、俺も楽しかったよ」

僕 「それでですね、洗面台なんですけど…」

「ああ、そうそう、大丈夫だったの?」

僕 「いや、正直に言うと何も覚えてなくて…おじいちゃんの尿漏れみたいに水漏れが止まらない

んですけど」

「えっ!覚えてないの!?」

僕 「ええ、ビタイチ覚えてないです」

「マジかよ…確かに目はイッてたけど…いやさ、何か俺らが酒飲んでたら、お前急にトイレに行っ

ちゃったんだよね。そこまでは別に普通なんだけど、何かしばらくしたら『ウヒョウウヒョウ!』とか狂っ

たみたいに叫び始めたから、ビックリして見に行ったんだよ。したらお前が洗面台の上に仁王立ち

して暴れてたのよ。流石にこれはマズイと思って止めたんだけど、何かお前暴走特急みたいになっ

てたから全然聞かないし…」

僕 「ま、ま、マジすか…」

 

何たること、酔っ払って完全に修羅と化した僕が、酒で理性をマヒさせ動物的とも言える本能を

爆発させて破壊工作を行ったことが判明。何てこった。そりゃあ水漏れもするわい。不動産屋に

怒鳴り込もうかとか考えていた自分の浅ましさを猛省していたところ

 

「その後も狂ったように暴れてたからさ、何か洗面台メキメキメキって音を立ててボロンってなっちゃ

うし…」

 

な、な、な、ナヌー!大慌てで洗面台に赴き確認してみると、『これが仕様ですよ?』とばかりに

モリモリと上下に動く洗面台。ムービング洗面台。もう一押しすればズドンと容易にもげそうだぜ。

不動産屋に怒鳴り込むどころか、阿修羅と化した不動産屋に首をもがれるかもしれんね。

 

と、沈痛な声をあげる僕の気持ちをよそに、先輩は狂ったサディストみたいになって更に追い討ち

をかけてくるんですよ。もうやめれ!僕が可哀相!

 

「で、何かさー、お前全裸になってたじゃん?」

 

はい、僕はあの時確かに全裸でした。これだけはハッキリ覚えてます。故意です。今はそうでもな

いですが、当時はベロベロになるとそれなりの確率で裸になってました。これが僕のHNの由来で

す。

 

「何か全裸であぐらかいて、俺らに説教してたぜ。『最近皆勢いがねえ』『俺が脱いでるのに皆が

服を着ている。何故だ』とかって…」

 

勢い=全裸

 

こんなカタストロフィーな発言をする息子のために腹を痛めたのかと思うと、母親も自害を禁じ得

ない心境だと思います。野蛮な言葉で言うと、死んだ方がいいと思う。酔っていたとは言え先輩

に説教とは、神をも恐れぬ蛮行。しかも裸で股間をモロリと露出した後輩にこんなこと言われたら

MAJIでNIKUKAI(肉塊)5秒前ですよ、僕が相手なら。

 

しかも『皆が服を着ている。何故だ』って僕はトンチ好きのお坊さんですか。ハッキリ言おう、死ね

と。早く禁断の果実を食べることが願われて止まない。

 

しかも先輩の顔に股間をモロンと近づけて「シャブ!シャブ!」とか言ってたらしいです。僕はホモ

だったのか。衝撃の事実がスパークだぜ。

 

「あー、あと大家さん大丈夫かなー」

僕 「え、え、何すか?」

「いやさー、俺達があまりにもうるさかったのか、大家さんが注意に来たんだよね。で、その時にお

前が対応したんだけどさ」

僕 「ええ、それで」

「いや、お前全裸だったからさ」

 

死ぬ死ねる。光の速さで死ねる。

オオオオッオオオアアーアッアアーヒヒー、苦情を伝えに来てみたら、不良店子が全裸でズドン!

股間をモロリ!僕が大家ならヒ素でも使って殺すね、間違いなく。

いや、待て、それはアカンやろう俺。全裸で大家に対応したらアカンやろう。しかも大家さんおばち

ゃんやし。たぶん生理も上がってるんだろうけど、それでも一応女やし。夜中にキチガイがスパーク

してるぜって苦情を受けてやって来たら、衝撃のセクハラがそこに!ですよ。こりゃあギャグじゃなく

追い出されるかもしれんねって思ったよ。マジで。

 

とりあえずその時は僕を押しのけて先輩が対応してくれたらしいのですが、大家はかなり狼狽した

様子で『あの子大丈夫…?』って震えていたらしいです。そりゃあ震えますよ。ビックリしますよ。こ

れはもう大家の夜のオカズにされても文句は言えない。もしかしたら生理も戻って来たかもしれな

い。その流れの中で、セックス的なものを強要されたらどうしよう。ウフフ、若いのね坊や…とか言

いながら入れ歯をガポンと外して見事な尺八を演奏し始めたらどうしよう。でもそれも致し方がな

い…ウグッ!僕は汚れてしまったー!

 

とかアホなことを考えたり考えなかったりしながら、妙な胸騒ぎの正体はこれか、と合点がついた。

とりあえず親にはバレないようにしなければ、と思っていたところ、1週間後くらいに偶然上京して

来やがり、大家に挨拶に行くという蛮行を為したがため全ての行いが白日の元に晒された。あの

日の僕の様子が赤裸々に、それはもうSE・KI・RA・RAに語られ、何も知らずに家に帰った僕は

悪魔の様な形相の母親に死ぬほど怒られた。まさか20才になってまで母親に怒られることがあろ

うとは。

 

しかし母親は強いね。僕がインターネットで『暮らし安心クラシアン』のHPを見ながら「水道トラブ

ル5000円か…」とか考えて、一応某巨大掲示板郡での評判も確認しながら「クラシアンは糞!

氏ね!」とか書いてあるのを見つけて、2ゲットズザー、とかこの出費は痛いぜ、とか思っているの

を尻目に、颯爽と不動産屋に赴いて強引に修理させたものね。全部不動産屋もちで。母親が

極道に見えた。

 

そういう訳で容赦なく酒癖の悪い僕なんですが、今日の飲み会は前回の轍を踏んで気を付け

なければならぬぜ、と硬く心に誓っていた訳なんですよ。失敗は誰にでもある、大切なのはそれを

繰り返さないことだ、という言葉を胸に秘めて。

 

それでやっぱり後輩だからそれなりに酒を強要される訳ではないですか。普段ならエヘラエヘラと

断りきれずの飲むんですが、この日は違ったね。毅然とした態度で拒否。ノーと言える日本人。

たぶんあの姿を見た女性は抱かれてもいいって思ったに違いないね。男しかおらんかったけど。

 

 

そしたら先輩の一人が

 

「そういえば最近『ぬめり』見てないなー」

 

ば、バカなー!日常生活でその単語を耳にするなんてー!その時点で恐怖のあまり、多少酒の

進みが早くなったんですが、別の先輩から更に僕を恐怖のズンドコに叩き落す発言がモロリ。

 

「そういえばさー、俺のチンコがデカイっての、何かネットで書いたらしいじゃん?この前○○から

『彼女に今までで二番目に大きいって言われたらしいじゃーん』とか言われちゃったよハハハ」

 

いやな、全然笑えねえんだわ、これが。あ、○○さんってのは僕の先輩です。この場にはいませ

んでしたけど。僕が以前先輩について日記書いてたんですね。それを見て、その本人に

お伝えなさった、と。ギャー誰か!誰か僕の暗殺を急いで!

 

幸にしてこの方は笑いの心を厚く理解して下さるかたで、実際にその日の日記を見せたところ一

笑に付してそれ以上のことは無かったのですけれど、いやもう何て言うか身内をネタにするもんじ

ゃないね。結局その人の彼女の中で『一番大きかったのは実は外人だった』とか、知ってもネタに

したらいけんね。気を付けよう。ガハハ。

 

そういう訳だったのですが、まあでも昨日は皆さんが期待するようなハプニングは起きませんでした

よ。やはり人は僅かながらでも成長するものですよ。皆僕を見習うといいと思うよ。

 

 

 

と思ったら今日は今日で軽い二日酔いでバイトをサボった。やっぱりダメかもしれんね。




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