「虚妄な人」



世の中には想像と現実の区別をつけられない人と言うのがそれなりにいます。

「こうだったらいいなあ」

と思うことをあたかも現実で体験したかの如く吹聴する人、

不思議なことにこういう人が絶対数存在するような気がします。

 

それをウソと否定的に捉えるか、目標だとか夢だとかいう風に肯定的に捉えるかは

微妙なところですが、何というか「舌にV6エンジンでも付いてんのか」って勢いで

病的にそういう「虚言」を周りにベムベムベラベラ喋って止まない困った人って、どこにでも

いると思うんですよね。

最初にそういう人と出会ったのは小学生の頃でした。

僕が五年生の時、席替えでたまたま隣になった宮田さんという人がいたのですけど、

いやはやこいつが凄かった。

 

うちの小学校は給食の時間になると近い席の生徒同士で強制的にグループを作らされ、

仲が良かろうと悪かろうとみんなで楽しく給食を食べなさい、という何ともマッドマックスな

制度があった。

今の時代だったらお子様の人権が手厚く保護されているため、ややもするとそういう

状況に対して怒り狂ったPTAの干しアワビ連中が

 

「食事くらい自由にさせて然るべきだ!」

 

とか、歯垢がタップリ具備された歯槽膿漏気味のマウスで怒鳴りちらすのかもしれません

が、当時の教師連中は「えこひいき、体罰、猥褻、なんでもやったるで、ヘイカモン!」

な恐怖政治を敷いていたため、生徒も生意気一つ抜かすことなく従っていました。

別に気のおけない間柄の奴と食事をするのなら何ら問題はないのだけど、

くじ引きによる席替えという偶然に翻弄されながら構成されたグループでは思わぬ事態も

起きたりする。

 

「これが流行の最先端なんだぜ」

 

とばかりに牛乳をご飯にぶっかけてジュルジュルと食べ始める者、

 

おもむろにコッペパンを手にして

 

「フランスではこれがあたりまえなのサ」

 

とでも言いたそうな顔をしながら見事な流線型のフォルム、

まあソフトボールくらいの大きさにグニグニとこねて喰らいつく者、

 

「この大根が食べれない!」

 

とボロボロ泣いて摂食を拒否する者、

 

それを聞くが早いか光の如きスピードでやって来て、鬼のような形相で

ソイツの口にズズズグリョと大根を押し込む金子先生…

 

と、パルプンテを乱れ打ちしたような状況に陥ると、ただでさえ不味い給食がより一層

不味くなったりした。

そういう感じで、例え己が望むまい人間であろうと、給食時間の45分は決してその場から

離れることは許されなかった。

迂濶な行動を取ろうものなら、ドラクエの 『うごくせきぞう』 みたいなアバンギャルドな

ヘアーを誇る金子先生が

 

黙って席で食べなさいウゴルァァ!!

 

と、常軌を逸した暴徒と化す様に、いかなる腕白小僧と言えども服役囚さながらモソモソ

給食を食す外なかったのである。

まあいくらグループに嫌な奴がいようともあからさまに嫌な顔をしてるとやっぱり気まずいし、

また同じ班に意中の人なんかいた時には、嫌な人間がいようともむしろグループ全体で

話をした方がスムーズに事が運んだりもするものである。

と、言うより給食を通したラブスペクタクルもあるかもしれない。

 

例えば田中君がご飯に牛乳をぶっかけるカオスな様子を眺めながら

 

「イヤッ、あんなの間違ってる、間違ってるわ…!」

 

と脅えているクラスのマドンナ佳子ちゃんに、

 

「共に正しいやり方を模索いたしましょうかマドモルゼア?」

 

って僕が語りかける流れの中で愛を育み、いずれはアダルトな牛乳のぶっかけ方を

学び合えるかもしれない。

 

まあぶっちゃけ、現実としてはそういった機会をあまり活かせることもなく、

 

「ほらほらオレ、牛乳早く飲めるんだよ!」

 

などと、恐らく女性にとってアトラクティブな要素を微塵に持ち合わせない狂った特技を

惜し気もなく発揮して、鮮やかな狂気の桜を狂い咲きさせていた。

 

毎日ランチする機会がありながらこの体たらくぶり。

もしこれが今の僕ならばムーディな雰囲気を譲し出しながら、

 

「うん、いいミルクだ。12年ものかなソムリエ?」

 

なんて嘘ウンチクをベムベロ傾けながらメロメロの大洪水にさせてやれるのですが、

いかんせん当時はそんなオボコな様子だったがためでしょうか、

小学生時代の六年間、誰からも告白なぞされることはありませんでした。 ファック・ユー。

それはどうでもいいんですけど、ある時に前述した宮田さんと同じグループになったのですよ。

 

この宮田さん、ぶっちゃけて学力も並、トークも並、容姿も十人並み、

『一億総中流』の日本人の中に於いて「中流のカリスマ」みたいな存在であり、

正直なところ僕的に彼女の存在はSPEEDの新垣ヒトエゴナムーブばりにどうでもいい、

解りやすく言うとノアの箱舟から真っ先に叩き降ろされる様な不遇の女性だったため、

僕としても話すことはなかったので、ほとんどの場合は

 

『近所の駄菓子屋のクジが如何に当たる確率が低いか』

 

『ドラゴンボールにおけるヤムチャの役割』

 

といった、恐らくヒトが言語を修得して以来最もくだらない、耳がボロリと落ちそうな

チンカスレベルの会話に終始していた。

その中で宮田さんは、いつもただ黙ってコッペパンをかじるだけだった。

 

そんなある日の事、いつもの様に給食を食べていると珍しくグループでテレビ番組の話題

になった。

 

僕らのグループは割合的に男の方が多かったため、

必然的に会話のイニシアチブは男に取られることが多かった。

そうなると必然的にミニ四駆やらドラゴンボールやらといった話、

おそらくこれが合コンならば相手の女性陣は神速の如き勢いで帰るんじゃねえか、

という話が中心を占めていた。

そのため往々にして男は男と、女は女と話に興じるというシチュエーションが生じやすく、

グループ全体で和気あいあいと会話するというのはかなりのレアケース。

不倫がばれた夫婦の食卓ばりに冷たい空気が流れていることだってザラである。

 

そんなひどく殺伐とした状況の中、この日は珍しくテレビ番組の話題でグループが心を

通わせた。

 

本当にこれは珍しいことで、大人数の会話ということもあり、皆大いに盛り上がった。

 

皆、給食もあらかた食し終わり、会話の熱が益々ヒートアップし始める。

自分の好きな芸能人は誰だとか、あのドラマの次の展開はこうだとか、

男なりの視点、女なりの視点というのを織り交ぜた楽しいトークが繰り広げられた。

 

特に宮田さんはかなりイカれたテンションで、こいつの中身は昼下がりの有閑団地妻かいな

と思われるくらいのテレビに対する博識っぷりを披露。

 

しかもかなりジャニーズ事務所のタレントたちにご執心ならしく、ほとばしるマグマの如き熱さで

 

「剛くんはナンタラウンタラペロリロポン」

 

と、森田剛への思いを狂ったように語っていた。

 

それくらいなら僕らも温かな気持ちで、ああ、この娘はGO・モリタが好きなのだな、

と受け流すことができたのだけど、次の瞬間宮田さんは僕らの度肝をブッコ抜く

とんでもねえ発言をかましてくれた。

 

 

「…でね、私芸能活動とかに興味があるんだけど、実はこれは極秘なんだけど、

今度始まるドラマで私ね、キンキキッズの剛くんと共演することになったの

これはホントに極秘だから、誰にも言っちゃあダメだよ!」

 

 

寝耳に水、というか、寝耳にザーメンぶっかけられたような発言。

 

ジャニーズファンが聞いたら、カミソリどころかテポドンでも送りつけて来そうな電撃発表。

 

思わず二の腕を確認したが、注射の跡はない。

どうやらコイツは本気(マブ)だぜ。本気(マブ)で言ってるぜ。

 

さすがにこの発言には一同唖然。田中君の差し歯も抜け落ちる程の驚き。

 

この瞬間、右翼の街宣カーで相川七瀬の

「夢見る少女じゃいられない」

を爆音で流してやろうかとも思いましたが、とりあえずオモシロそうなので、

一部始終宮田さんの話を聞いてみることにしました。

 

「それで、撮影でよく東京とかに行くんだよー」

 

ホウホウ、確かにドラマの撮影があるならばそれも致し方がないことでしょうか。

 

しかしながら宮田さんは驚くほど真面目に学校に来ているはずなんですが…。

 

僕 「へー、どんな役なの?」

 

「それはまだ言えないんだけど、主演だよ!」

 

 

『まだ言えないけど主演』 

 

繰り返しますけど異注射器の跡はないんですよ。物言いもハッキリしている。

では何がこの娘をこうまで虚言に駆り立てるのでしょう。

つーかどこの製作会社が、こんな年端もいかない十人並みのツラしたガキを

主演に抜擢するっちゅーねん。ロリビデオですか。

 

仮にこの話が本当だとして、このあどけない少女と凛々しい堂本剛くんという比類なき

アンバランスさで、一体どういった話を描くのか疑問でならない。

ちょうどこの頃流行っていた『家なき子』みたいなドラマでしょうか。

それとも全く新しいドラマ、『知恵なき子』でしょうか。

 

 

「ふーん、すごいね。それで、いつから放送なの?見るから教えてよ」

 

 

これは我ながらナイスな切り返し。まあそろそろウソで塗り固めたロジックを破綻させて

もいいだろうよ。

 

 

「あーごめん、これ関西ローカルだからこっちじゃあ放送がないんだよね!」

 

 

おい、誰かこいつ止めてやれ。

 

スゲー。当時既に頭角を現していたキンキキッズの片方が出るというドラマなのに

『関西ローカルで放送が無い』

とは神をも恐れぬ奇天烈な発言。もうお前は黙ってアワビを干せ。

 

もうその後も

「極秘だから言えない」

とか

「事務所に怒られる」

と言ったエキセントリックなトークのオンパレード。

 

言葉に詰まると

『関西ローカル』

の一言で、言ってることが本当なのか嘘なのかは煙にまくという大胆な手法を用いて

僕らを翻弄し続ける宮田さん。アンタすげえよ。

 

 

今になって思うと、常日頃誰にも相手をされることなく、静かに学校生活を送っていた

彼女にしてみれば、この大胆な虚妄発言は自己のアイデンティティーを何とかして

発露するべくして為した精一杯の行動だったのかもしれない。

 

人は誰だって、他者の承認無しでは生きていけないのだから。

 

11歳という、肉体的にも精神的にも酷く不安定な年頃で、

彼女なりに自己と社会との折り合いを付けるべく、本能的とも言える己の感覚で

突発的に先のような虚言が出てきてしまったのであろうか。

 

そう考えると、何故だか分からないけれど、あの頃よりは幾分成長した今の僕の

胸の中には、言葉にはできない寂寞とした想いがただただ広がるばかりなのである。

 

 

 

しかしキンキキッズと共演て。アホにも程があるぜ、宮田さんよ。

 

 

ちなみにその宮田さん、県内屈指のアホ高校に入学した後、

16歳で妊娠→出産

というアクロバティックな所業をこなしたため、地元では一躍時の人となった。

 

やったじゃん宮田さん。大願成就じゃない。

 

 

そして僕は、キンキキッズの公式ページを眺めてみても

当時の関西ローカルでそのようなドラマがあったという記載を発見できずにいる。

 

 

僕は今日も、花の都大東京にて世知辛く生きているのである。




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