「汁 @」


今更改めて言うまでもなく、僕は比類無きエロさを誇り、エロの権化と言っても差し支えない程で、
近所では「歩くエロス」などとまことしやかに囁かれ、地元では
 
「アイツに近付けば妊娠する。下関のタンポポ」
 
とか
 
「おばあちゃんの上がった生理も戻ってくる」
 
だのとある意味シニアキラー、まあそんなことはどうでもいいんですが、
そういったことが学校の七不思議の一つに数えられるくらいのレベルで
言い伝えられているとかいないとか。

正直なところ自分ではそういう自覚はないです。
単にエロいことに対して好奇心旺盛なだけであって、
格好いい言い方をすればエロのパイオニア、エロの伝導師、初めて覚えるエロ会話
みたいな位置づけだと思ってるんですけど、えーとこりゃあやっぱりダメかもしれんね。


でも小さい頃は本当にエロいことが嫌いでした。
というかエロとかいう概念がなかった。

 
幼少の頃から牛乳ビンの底みたいなメガネを掛けていた僕のあだ名は、当然の様に「ハカセ」。
近所では「神童」と呼ばれ、父兄からの信頼も厚かった。

 
周りの人間なんて皆馬鹿に見えた。
同年代のガキが、ドクタースランプ・アラレちゃんを読みながら
「うんこ、うんこ!」
って、プリオンを喰らいすぎてスカスカになっているであろう脳味噌から
必死に絞り出した単語を聞いた時、僕は広辞苑を紐解きながら
「ウコン…別名ターメリック。カレーの香辛料としても使われる…フムフム」
という余裕っぷりを見せつける姿に誰もが恐れおののいた。

 
近所の子供が女の子のスカートめくりに勤んでいるのを尻目に、
無言でジーニアス英和辞典をめくるその姿に誰もが恐怖した。

 
とにかくエロが嫌いでした。
エロって言葉を聞く度に激しく身震いした。
上の階に住む賢ちゃんが

 
「女はチンチンないんだぜ!スゲーよな!おしっこどうやってすんのかな!」

 
と、もう憐れの極みとしか言い様のない発言を周りに吹聴しているのを聞きつけたら、
当時誰もが処理に困り、ハッキリ言ってゴミ以外の何でもないであろう
「シールを抜いた後のビックリマンチョコ」
(ちなみにそれは無惨にも近所のガキどもからその体型故、
安易に『豚汁』と呼ばれていた気の弱いトシくんが処理を一任されていた)
を「これでもか!これでもか!」と口に詰め込んでやる姿に誰もが恐怖し誰もが泣いた。
 
その後、苦肉の策として「チンチン」という言葉の頭に「お」を付ける作戦が敷かれたが効果は薄く、
結局「おチンチン」などと言った輩には、これまたゴミでしかない「ペンチマン」みたいな、
まるっきりクソな『キン消し』の超人を
 
「よいやさ!よいやさ!」
 
とアヌスに突っ込む姿にに皆が恐れおののいた。
 
余談だが、気が弱くも心優しいトシくんは、チョコの消費でもたれにもたれた胃を抑えながら
僕のその残酷な姿を見て
「止めてあげなよウェップ」
とビックリマンチョコ臭い息を吐きつつ僕を制止する姿には誰も何も感じなかった。

 
つまりそれくらいエロを毛嫌いしていた。
もう皇室に入れるんじゃないかってくらいのレベル。


 
「赤ちゃんはどうやってできるの?」


「コウノトリですよ」


即答。ノータイムで即答。


 
 
ちなみに今の僕なら



「赤ちゃんはどうやってできるの?」



「コウノトリ・プレイですよ」



これも即答。ノータイムで即答。留置場に直行。



 
そんな僕がエロに目覚めたのは、近所の自治体が主催する
 
「廃品回収」
 
なるイベントでのことだったんです。

古新聞や古雑誌、空き缶空き瓶を回収し、リサイクル業者の手によりお金に還元する、
というなかなか建設的な企画だったのだが、
別の側面から見れば年端もいかぬ子供達を
 
「その自治体内に住んでいるから」
 
というウンコの中に潜むトウモロコシの粒みたいな理由で否応なしに狩り出し、
腐敗したアルコールが放つ阿鼻叫喚の悪臭の中、
奴隷制度よもう一度!と言わんばかりに労働させられ、
ここは中世のプランテーションかはたまたアウシュビッツか、と倒錯せんばかりの様相を呈していた。

 
休むことなど不可能だった。
少しでも手を抜こうものなら、こいつは狂気の沙汰だぜ、としか思えないほど
きっついチリチリパーマをあてたババアが、
もう何年も夜の営みから遠ざかってることを確信できるババアが、烈火の如く怒り出す。

 
「アンタね!普段は働きもせずに両親に養ってもらってるのにこんな時に働かないでどうするんね!
そんなことじゃ立派な大人になれんよ!本田君を見てみなさい!
真面目に働いてるでしょ!あの子はきっと立派な大人になるよ〜」

 
脳味噌の代わりに使用済みコンドームが1ダースくらい詰まってるとしか思えない狂った発言だけど、
そんな説教なんて子供が聞くはずもなく、僕らの興味はその見事なチリチリパーマにしかなかった。
あまりにも幻想的なその髪型に、僕らの思考は大いに乱れて、
 
おいおいこれ本気でやってんの?ウケ狙いとしか思えねえぞ。
誰をターゲットにしてこんなパーマあてたんだ?旦那の意見を伺いたい。
グッドデザイン賞を狙ってるとしか思えない見事な造形だな、
 
と漠然とした思いをはせるばかりだった。


また余談だが、将来を嘱望された前述の本田君、真面目だったのはこの頃までで、
高校を中退したあたりから元々ワルだったのが本腰を入れたワルになり、
暴行・恐喝・逮捕のグランドスラムを達成、別の意味で大人物になってしまいました。
 
今は親のスネをかじりながらパチスロ三昧、と自分自身が廃品になってしまった訳ですが、
チリチリパーマの言うような立派な大人になるべく逆転ホームランを放てるのか、
これからも我がぬめり特捜隊は注目していきたいと思います。


話が逸れましたが、いかに神童と呼ばれた僕とて、四時間近くこき使われた挙げ句に
報酬が缶ジュース一本、しかも細い方、という、
思わずここはホントに日本なのか、サマワではないのか、道徳教育ってなんだろう、
との疑問を抱かずにはいられない程に常軌を逸した対価ではちっとも働く気にならない。
 
それどころか、こりゃあ幼児虐待じゃねえのか、人権団体は何してやがる、女工哀史じゃあるまいし、
俺達は大人のおもちゃじゃないんだぜ、との思いで真剣に告訴も検討しました。
あ、今の大人のおもちゃという言葉は正しい意味で使ってますので悪しからず。
 
まあそのような超・肉体労働に朝早くから狩り出されるのは嫌でしたし、
できることなら布団の中で野比のび太ばりの惰眠を貧りたかったのですが、
小学生ながらに世間体というものの重要さをしかと認識していた僕は、
マーマレード・ボーイを観たい気持ちをグッと抑えてその場に赴いた。


そこでは相変わらず既に閉経を済ませたであろうチリチリパーマが、
ネジの外れたおすぎの如く子供に指示を出しながら、
自身はこれまた意図の不明確なワンレンヘアーの主婦と世間話に興じるという
サルティンバンコも真っ青になるくらいのトリッキーなプレイを炸裂させていた。


普通ならここで文句の一つでもたれるのでしょうが、
当時の僕はダーマの神殿に行けばすぐにでも賢者になれるほどの悟りを既に開いていたので、
お上には逆らえねえや、しょうがねえ、こっそり楽をしてやろう、
ここで楽をするためには血を吐く程の努力もいとわないぜ、
と若干ベクトルの定まってない決意を抱くのであった。

そういう性質の人間というのは、不思議なことに誰ともなしに集うものである。
キョロキョロと見回してみると、明らかに不真面目そうな、机の裏とかにハナクソをためて
「やった!積もり積もってこんなにどっさり!」
と独り悦に入ってそうなパープリン集団がいた。

これはやったぜ、とばかりにその集団の方に赴いてみると、何だか様子がおかしい。
無気力などころか、目は血走り、回収、特に古雑誌の回収にご執心なのである。
 
なんだ、こりゃあ見当違いだわ、次だ次、と踵を返そうとしたのだがどうも様子がおかしい。
確かに熱心に回収はしてるんだけど、たびたび動きが止まり雑誌をじっと見る時間があるのだ。
しかも時々ドッと歓声も沸いている。明らかに変だ。
 
普通に興味を惹かれた僕はそちらの方に近づいてみた。
 
「おい、何しよるんや」
 
「あ、これは、ちょっとその。うん、何でもない何でもない」
 
学園祭レベルのリアクションで疑惑を否定するハナクソ溜め男。
そのリアクション自体が
「何かあるんですよコレ!」
と物語っていることには彼のツルツルの脳味噌では理解できなかったようだ。
 
「いやいや、明らかに怪しいやんけ。何なんや。見せい」
 
と、強引にハナクソ溜め男を押しのけると、
「ウワー」
とこれまた学園祭レベルのリアクションを演出してくれた。こいつはファンタジスタか。
 
結論から言うと、そこにはエロ本があった。
 
自治体の廃品回収だから、当然そんなモンもあるわな。
しかしよく見るとこいつら、いちいち雑誌を紐解いてやがる。
男のエロに対する執念というのは真に凄い。
 
「お前ら下らんことやっとるなー」
 
「いやいやこれ凄いんやって!お前も見てみって!」
 
先に述べたように、エロという概念が全く無かった僕にとって、
エロ本なんていうものはNHKの国会中継くらいの勢いで興味のないものだった。
そういうわけでこの提案もフラットに断ろうとは思ったのだけれども、
いや待てよ、神話ではアキレスはアキレス腱にだけ不思議な水を掛け忘れて
結局ダメになったというのがあったな、
確かにこの先エロが僕のアキレス腱にならないとも限らない、
そうだとするならばここらで一つエロというものも体験しておいて損はなかろうそうしよう、
と天啓のように閃いたのであった。
 
「おう、じゃあちょっと見せてくれいや」
 
「ヘッヘッヘッ、こいつは凄いよ?」
 
と自慢げに語る友人の様子はバカそのもので、
遠くない未来において絶対性犯罪を起こすことを予感させて止まない程しまりのない顔であり、
ああエロはここまで人を狂わせるのかと人知れず恐怖したものだった。
 
表紙を見ると、これまた底抜けにパープリンであろうことをひしひしと感じさせるお姉ちゃんが
モノ欲しそうにこちらを見ていた。
一体何を食べ、そして何を見て育ったらこんなクリーチャーに育つのか
という疑問を抱かずにはいられない程巨大なパイオツを具備しており、
ここでまた一つ人知れずの恐怖を抱いたのであった。この乳は人を殺せる。
 
前置きが長くなったが、とどのつまりは僕も緊張していた。
 
初めてのエロ。ボーイ・ミーツ・エロ。
 
この経験がいったい僕に何を惹起するのか。
 
今日という日を境に、僕に何か変化が訪れるのか。
 
いやいやそんなことはないさ。大丈夫きっと大丈夫。
 
何でも無い日常の一コマよ。気楽に、イージーに見てみよ…
 
(ペラリ)
 
 
 
 
 
 
 
 
涅槃が見えたね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
初めて見る母親以外の裸。想像を絶する男と女の肉相撲。
体に沸き起こる得も言われぬ恍惚感。これがドラゴンボールで言うところの「気」なのか?
たしかに今なら股間からどどん波さえ撃てそうな気がするぜ。
 
ものすごい衝撃。新大陸を発見したコロンブスもこれ程には驚かなかったのではないか。
う、うう、ウォーター!と口走ったヘレンケラーの驚きも斯くの如しか。
 
 
「気に入ったみたいやね。じゃあこっちにもおいでよ」
 
 
三重苦から脱した気持ちにも似た僕は、フラフラと言われるままに着いて行く。
 
着くと、アパートの自転車置き場の一角だった。
目の前には掃除用のホウキなどをいれる大きな鉄製の箱があった。
 
「ここ、これ、これ見てみ」
 
もはや理性を止める術は無く、期待と興奮を抑えつつその中を覗いた。
 
 
溢れんばかりのエロ本の山。クラクラした。
 
マルコポーロは言った。
 
「ジパングは黄金の国だ!」
 
黄金伝説を、僕は今、目の当たりにした。
 
 
「これ…こんな…どうしたんや!?」
 
「へへへ、回収の途中で目を盗んでコツコツ、な」
 
 
恐るべし小学生。
あの衆人観衆の中、一瞬のスキを突き冷静にエロ本のみを判別、収集という
「匠の技」
と言っても過言ではない驚異的なスキルである。
しかもジャンルは通常ものからSM,熟女、
といったあらゆるニーズに対応できるジャパネット高田もビックリな品揃え。
 
賞賛の眼差しを与える僕に対し、「へへへ」と照れながらも応じる友人。
職人の横顔がそこにあった。
 
 
この日からエロに開眼した僕は、貪るようにエロ本を読み漁った。
望むと望まざるとにかかわらずエロの欠食児童であった僕は、
乾いた砂が水を吸い込むかの如き勢いでエロ知識を吸収していったのだった。
 
 
そしてこれはほんのプロローグである。
果てしないエロの大海原に、僕は静かに船頭を進めた−−−−
 
 
ヨー・ソローーーー!




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